古い銭湯で、番台に座る仕事をしている。祖父の代から続く店で、今は自分がその役目を継いでいる。
閉店間際、女湯の暖簾の奥から、いつも聞こえてくるはずの物音が、ふと途切れることがある。
その日も、最後の客が帰ったのを確認してから、いつも通り浴室の見回りに向かった。誰もいないことは分かっていたが、確認は欠かせない習慣だった。
女湯の扉を開けると、湯気がまだうっすらと残る浴室の奥、洗い場の鏡の前に、人影があるように見えた。
一瞬、客の忘れ物を取りに来た誰かかと思ったが、鏡に映っているはずの姿が、実際の洗い場には見当たらなかった。鏡の中にだけ、こちらに背を向けて座る後ろ姿が映っている。
目をこすってもう一度確認すると、鏡には自分の姿しか映っていなかった。
その夜以来、月に一、二度、同じように鏡の中だけに人影が見えることがある。決まって、閉店直後、湯気がまだ残っている時間帯だけだった。
祖父が生前、この銭湯には長い歴史があると話していたのを思い出した。詳しい経緯までは聞かずじまいだったが、今となっては確かめようがない。
それ以来、閉店後の見回りでは、鏡を直接見ないよう、なるべく視線を逸らしながら浴室を確認するようにしている。

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