これは、自分でもどこまでが本当の記憶なのか、今も自信が持てない話だ。
物心ついたときには、山間の小さな集落で、祖父と二人で暮らしていた。両親については、聞いても祖父は多くを語らなかった。集落には数世帯しかなく、同じ年頃の子供は、隣家に住む一つ年上の男の子だけだった。
学校には通っていなかったと思う。読み書きは祖父が教えてくれていた。不便は感じていたはずなのに、当時はそれが当たり前だと思っていて、不満を持った記憶はほとんどない。
ある年の夏、集落で「お祭りをする」と大人たちが言い出した。何年かに一度、決まった時期に行われる行事らしかったが、詳しい由来を教えてもらったことはなかった。
祭りの夜、大人たちに連れられて、集落の外れにある小さな社に向かった。普段は誰も近づかない場所で、鳥居の朱色だけが、月明かりの下でやけに鮮やかに見えたのを覚えている。
社の前で、大人たちが何かを唱えていた。聞き取れない言葉が多く、ただ、独特の抑揚だけが耳に残っている。
隣家の男の子と並んで座らされ、湯呑みのようなものを渡された。中身は、見たことのない濁った色をした液体だった。
「これを飲めば、村の一員になれる」
そう言われたのを覚えている。誰の声だったのかは、はっきりしない。
飲むのをためらっていると、祖父がそっと耳元でこう言った。
「お前のはただの水だから、心配しなくていい」
その一言を信じて、飲み干した。だが、飲んだ直後から、視界がぼやけ始めた。隣の男の子が、先に崩れるように倒れるのが見えた。
そこから先の記憶は、ひどく断片的だ。
体が揺れる感覚があり、それが車の振動だと気づいたのは、しばらく経ってからだったと思う。大人たちの話し声が、遠くから聞こえていたが、内容までは思い出せない。
やがて、どこかの建物の中に運び込まれた。薄暗く、埃っぽい匂いがしたのを覚えている。
強い恐怖を感じたことだけは、はっきりしている。だが、その先に何が起きたのか、記憶がそこでぷつりと途切れている。
次に覚えているのは、見知らぬ道路脇で、一人うずくまっているところを、通りかかった車に保護された場面だ。
保護されたときには、隣家の男の子も、祖父も、他の大人たちも、誰もいなかった。
警察に事情を聞かれても、集落の場所も、自分の家族の詳しい情報も、うまく説明できなかった。地図を見せられても、心当たりのある場所は見つからなかったという。
結局、身元は分からないまま、しばらくして施設に預けられ、その後、今の家に引き取られることになった。
大人になった今でも、あの夜のことを、時々夢に見る。
社の朱色、独特の抑描、湯呑みの中の液体。
隣にいたはずの、あの男の子の名前だけは、どうしても思い出せない。
あの集落が今もどこかに存在するのか、それとも自分の記憶が作り出した何かなのか、確かめる術は、もうどこにも残されていない。

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