エレベーターの保守点検の仕事をしている。担当エリア内の古いマンションやビルを回って、月に一度、定期点検をするのが主な業務だ。
その日訪れたのは、築四十年近い、地方の小さな雑居ビルだった。エレベーターは一基だけ、昔ながらの狭いタイプで、利用者もそう多くない様子だった。
点検自体は、いつも通りの手順で進んでいた。かごの上に登り、ワイヤーやレールの状態を確認していく。特に異常は見当たらなかった。
かごの上での作業を終え、天井の点検口から降りようとしたとき、ふと下の階から、かすかに人の話し声が聞こえた気がした。
このビルは、点検のために一時的に全館の利用を止めてもらっている時間帯だった。テナントの人も、この時間は不在のはずだった。
気のせいだろうと思い、作業を続けた。だが、しばらくすると、また声がした。今度は、複数人が何か相談しているような、低いざわめきだった。
念のため、管理会社の担当者に確認の連絡を入れた。すると、担当者は少し言いにくそうにこう言った。
「ああ、それなんですけど……このビル、実はもう何年も前から、三階のテナントは空室のままなんです。でも、たまに点検業者さんから、同じような話を聞くことがあって」
詳しい経緯は担当者も知らないとのことだった。
作業を終え、帰り支度をしていると、エレベーターの操作パネルが、誰も触れていないのに、三階のボタンだけがぼんやりと点灯しているのに気づいた。
その日以来、このビルの点検だけは、なるべく別の同僚に代わってもらうようにしている。

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