【1分怪談】玄関の記録

去年の春から、在宅でできる仕事に切り替えて、一人暮らしのアパートでほとんどの時間を過ごすようになった。

最初に違和感を覚えたのは、些細なことだった。玄関マットの向きが、朝出したときと微妙にずれている。植木鉢の位置が、心なしか数センチ動いている気がする。

一つ一つは、気のせいと言われれば納得できる程度のことだった。だが、それが何度も続くようになって、さすがに気味が悪くなった。

念のため、玄関先に取り付けるタイプのスマート防犯カメラを購入した。設置は簡単で、来訪者があると自動的に録画され、アプリで映像を確認できる仕組みだった。

設置してから最初の一週間は、特に変わったことは起きなかった。宅配便や新聞の勧誘など、普段通りの映像が記録されるだけだった。

異変に気づいたのは、二週間目の映像を見返していたときだった。深夜二時過ぎ、誰かが玄関の前に立っている姿が映っていた。

顔はキャップとマスクで隠されていて判別できなかったが、体格から見て、成人男性のようだった。その人物は、ドアの前で数分間、じっと動かずに立ち続けたあと、静かに立ち去っていった。

その日は特に何かされた形跡もなく、ただ立っていただけのようだった。だが、それ以来、映像を確認するのが日課になった。

三日後の深夜、また同じ人物が映っていた。今度は、ドアの表面に何かを近づけるような仕草をしていた。よく見ると、スマートフォンのカメラらしきものを、ドアの郵便受けの隙間に押し当てているように見えた。

さすがに恐怖を感じ、警察に相談することにした。映像を見せたところ、器物損壊や不法侵入には該当しないため、正式な事件としては扱いにくいが、パトロールの強化はしてもらえるとのことだった。

それからしばらくは、その人物が映ることはなかった。だが、油断していた頃、また新たな映像が記録されていた。

今度は深夜ではなく、平日の昼過ぎ、自分が仕事で外出している時間帯だった。同じ体格の人物が、今度はマスクもキャップもつけずに映っていた。

映像を静止させ、顔を確認して、血の気が引いた。

同じマンションの、別の階に住んでいる住人だった。エレベーターやゴミ捨て場で、何度か会釈を交わしたことがある程度の、ほとんど接点のない相手だった。

その人物は、玄関の前に置いてあった郵便受けから、何かを取り出しているようだった。拡大して確認すると、それは通販サイトから届いていた荷物の不在票だった。

不在票には、氏名、荷物の内容、再配達の希望連絡先などが記載されている。それを写真に撮っているように見えた。

警察に改めて相談し、今度は住民間のトラブルとして、管理会社にも報告した。管理会社の対応で、その住人への聞き取りが行われることになったが、結果的に「誤解があったようです」という、あいまいな説明しか返ってこなかった。

その後、しばらくは何も起きなかった。だが、数ヶ月後、また新たな映像が記録された。

今度は深夜、その人物が、以前とは違う小さな紙のようなものを、ドアの下の隙間から差し込んでいる様子が映っていた。

翌朝確認すると、玄関マットの下に、一枚の紙が挟まっていた。そこには、几帳面な字で、こう書かれていた。

「いつも変わらず、元気そうで安心しています」

差出人の名前はどこにも書かれていなかった。

その紙を持って、改めて警察に相談したが、直接的な危害が加えられたわけではないため、これも明確な事件としては扱ってもらえなかった。

結局、契約更新のタイミングで、別のマンションへの引っ越しを決めた。引っ越し先では、玄関先のカメラに加えて、宅配ボックスの利用を徹底し、極力、個人情報が誰かの目に触れないよう気をつけている。

今の部屋に越してきてから、不審な映像が記録されたことは一度もない。それでも、玄関の防犯カメラのアプリを開くたび、心のどこかで身構えている自分がいる。

もしまた、あの几帳面な字の紙が、ドアの隙間から差し込まれる日が来たら。

そう考えるだけで、今でも背筋が冷たくなる。

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